マイノリティという言葉を最近よく聞く、マイナー(少数派)の名詞がマイノリティで日本人にとっては最近使いだした言葉だが、要は多数派に対しての少数派ということらしいが実際には社会的に虐げられた人々やアンフェア(不平等)な目にあっている人たちのことを指す言葉である、しかしこの言葉マイノリティをファッションで使うと最高にカッコいい!なぜなら少数派のしいたげられた人たちのおしゃれ術となるからである
僕は何だかこの言葉にワクワクするのだ
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人がマネのできないことをやれ
オシャレの基本は自分だけの着こなしだ
これは誰が何と言おうと正しい
どこにでもあるありきたりな服は着るなといっているのではない
どこにでもあるものを自分だけのものであるかの如く着こなす
これがお洒落というものだ
誰でも着ているユニクロの服でも
着古したよれよれの古着でも
自分で使いこんだ変色したバッグでも
それらのアイテムは着こなしや使いこなし方で最高の個性的なお洒落の変わるのだ
それこそが本当のオシャレであり
それこそが自分だけにしかできない着こなし術である
少数派のお洒落とは
マイノリティの反対語でマジョリティという言葉がある
ここで言うマジョリティ(多数派)とは
最近世間で流行っているサイレントマジョリティ(もの言わぬ多数派)などで良く耳にする
参考ページ→サイレントマジョリティは2つある|不平等な世界の陰の顔と次の世界へ
もともとメジャーから来ているこの言葉(マジョリティ)は
マイノリティ(少数派)の反対語であり明るいイメージであるが
マイノリティ(マイナー)はメジャーの反対で暗いイメージがある言葉である
日の目を見ない人々のさみしいイメージだからである
しかしファッションに関してはその逆で
日の目を見ない誰も意識しない
そんなものを見つけて自分のモノにする方がカッコいい
誰もが注目している流行のアイテムやトレンドを否定しているのではなく
そんなものは当然意識したうえで自分だけの独自性を
いかにチョイスした着こなしができるかということである
ファッションというものは必ず過去に流行したものの繰り返しで
螺旋(らせん)を描くように戻ってくる
らせん状の今の時点の直下(真下)の部分が今のトレンドの1サイクル前のファッショントレンドである
なぜ螺旋かというと時間軸の違いがあり
その時間軸の誤差(時代の違い)が今の空気感をチョイスして新しさが加わるのだ
ここで一例をあげてみる
たとえば今年ロングジレが流行ったとする
ロングジレ→ジレって?何だこりゃ?今年の流行はロングジレLong Gilet
ロングジレの流行はトレンドの大きなサイクルで言うと
前回は70’のヒッピーが流行ったときだ
今の空気と1970年代の空気とは社会的に全く違う
そんな空気感が新しいロングジレというアイテムで今生まれてくるのである
当時はロック前世の時代でヒッピー風のファッション全盛で
ロックテイストのロンドンブーツに合わせてロングジレを羽織る
↑私物の’70当時のロンドンブーツ
ボトムはつぎはぎのパッチワークジーンズ
しかもロンドンブーツかットという
スリムなデニムパンツをロンドンブーツのヒールの高さに合わせてリメイクして継ぎ足し
デニムの裾から足首あたりまでカットする
そんなパンツのはき方をするか
同じデニムではあるが裾幅30センチ程度のベルボトムやパンタロンスタイルでヒールを隠し
そんな着こなしでロングジレを着たものだ
今の着こなしではロンドンブーツは登場しない
ウエスタンブーツも無しかも
エンジニアブーツなら有かもしれない
そんなことを考えながら
自分独自のロングジレの着こなしを考えることが
自分だけにしかできない着こなしにつながってくるのである
それが少数派のお洒落につながり
人にできないお洒落になるのだ
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空気を読むことの意味
街に出て風景を目にすると
色々なものが目に入ってくる
そこにあるものは今の空気を思いっきり含んだ風景だ
そんなものを思いっきり吸い込んで肌で感じ
自分だけの今の感性をチョイスするだけでいい
何も今の空気を否定することはない
ただそれだけではサイレントマジョリティになってしまい
人にまみれた多数派になってしまう
普段の生活はそれでもいいだろう
でも、もしあなたが個性的なファッションを目指すなら
ファッションマイノリティになろう
着こなし少数派
めちゃカッコいいではないか
まとめ
今の時代、あらゆるトレンドが常に出没していて
いろいろな種類のファッションリーダーがいて
ある意味飽和状態である
ファッションに限らず
生活するのに人々の選択肢はたくさんあり
それぞれが自分に似合った生活
それぞれが自分に似合ったファッション
そんなものをチョイスすればいい
しかし、数あれど人との差別化をしにくい
どんなものをチョイスしても
たとえ自分の好きなものだけをチョイスしたとしても
ほとんどの人が同じ顔のなってしまう
特に日本人は本当の意味で
自分の個性を出し切っていないのだ
日本人の個性のなさはここに書いてある↓
島田順子はパリジェンヌが絶対にやらない着こなしを日本人がやってると言った
そんな時代になってしまった
今回例にした1970年代ころの時代背景は
若者のすべてがファッションなどに興味がある時代ではなかった
その反面
今より自分の個性を打ち出す人が目立つ時代でもあったのである
俗に言う「ダサい」若者が男女問わず当たり前の時代で
その中にいた少数派が着こなしを意識しておしゃれをしていた
しかもトレンド(流行)もさほど種類がなく
狭い範囲でそれぞれが独自で工夫していた時代といえる
ものやファッションに対する考え方がまだまだ遅れていた時代だからこそ
面白いものが
面白いスタイルが
より一層新鮮に見えただけかもしれない
しかしファッションが円熟した今の時代だからこそ
もっともっと楽しく生活できるのだ
今だからこそもっともっと個性を出すことが
昔よりも面白く生活できる自分を作ることが
そんなことができる時代なのだ
大切なのは
ファッションマイノリティになり
自分だけの個性を磨くことではないだろうか
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