騎士団長殺しの中には着こなしのヒントがたくさん詰まっている似合う服には意味がある

目次
デコドルフィンの作品が買える店
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騎士団長殺しを着こなしに1

騎士団長殺し 単行本 第1部2部セット

騎士団長殺しの中には面白い要素がいっぱい詰まっている

僕は読み進める中でふと面白いことに気付いた

それは小説の中の村上春樹の表現するセンテンスや短い文章の中で

ところどころとても深い内容があるということだ

それも着こなしに応用できる内容なのだ

僕の場合たまたまファッションに興味があるからかもしれない

あなたならばもしかして違うものに応用するかもしれない

本には人それぞれが自分の感性で感じる素敵なものが潜んでいるから

僕はお洒落に興味があるからこの村上春樹の騎士団長殺しの中に潜んでいる着こなしのヒントをひも解いてみたいと思う

小説の中に素晴らしいセンテンスがあまりにもたくさん散らばめられているので少々長い(深い)内容になりそうだ

だから何回かに分けて書いていきたいと思う

あくまでもお洒落とか着こなしとかファッションなどに対する考え方を中心に進めるので

小説のあらすじなどの話はしないことにする

要するに小説全体のことではなく

その場その場の些細な気付きの話である

しかしそれが一番大切なのだ

人生は明日や10年後ではなくて

今が一番大切である

それと同じことではないか、、、、、、

正しい本の読み方と正しい服の着こなし方は似ている

正しい本の読み方とはこんな読み方ではないだろうか

たとえば本の中に気に入った言葉があったとする

そこに書いてある言葉の意味を自分の生き方に活かせるように応用できることが

正しい本の読み方である

気に入った服があったとする

その服を自分に似合うように応用できてこそ

正しい着こなし術である

村上春樹の「騎士団長殺し」の中には正しい着こなしのヒントがたくさん詰まっている

あなたは何を言ってるのかわからないって思われるかもしれないが

僕がここで書きたいことがたまたま服の着こなしであるだけであって

料理の作り方であっても

自転車の乗り方であっても

ペットの飼い方であっても

いいわけである

ただすべてのモノごとはわかりやすくすることが必要だ

そのためにモノごとには大中小の3つのとらえ方が最低でもあることだけは認識したほうがいいのだ

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小説を人生に活かすための初めの一歩は大中小のとらえ方

まず大前提として自覚しておかなければいけないことがある

服の着こなしでもいい

料理の作り方でもいい

ペットの飼い方でもいい

ものごとのとらえ方は大きくとらえる方法から細部をとらえることまで

十把一絡げ (ジッパヒトカラゲ)にするのではなく

少なくとも大中小の3段階にはしたいものだということである

その考え方が小説の読み方につながってくるのだが

村上春樹の小説がなぜ世界中から愛されているのか

ここにもヒントがあるのだ

僕はこの「騎士団長殺し」を読みだして村上春樹の人気の秘密を確信した

小説にはストーリーがあるがその前に言葉の記述の連続である

村上春樹の騎士団長殺しの中には今までの彼の作品以上に

そこに潜んでいるモノがあることに気付いた

それがこの言葉の記述である

それも極上の言葉やセンテンスだ

もちろんその他の作品にも含まれていることだ

さらに言うと何も村上春樹の作品でなくてもいい

出版されているあらゆる分野の小説の中には多かれ少なかれあるものだ

言葉の記述は本を読む時に大きなククリと小さなククリに分けるべきである

そこには大中小の要点が含まれているということである

その中の小のククリに潜んでいるモノに注目したい

僕はこの騎士団長殺しの中には優れた小のククリがあると言っているのだ

大とは作品(小説)の全体の内容及びその感想と評価

中とは起承転結や各章ごとの内容及びその感想と評価

小とは言葉のかたまりに深い意味が潜んでいるかどうか

僕がここで重視したいのは小の部分である

人はそれぞれ色々な思いで本を読む

その中で小説を読む時にも思いはいろいろ

この作家が好き

この小説が好き

短編が好き長編が好き

このジャンルの話が好き

この時代の話が好き

などなど人それぞれ色々な好みがある

しかし小説の中にはもっともっと身近な人を引き付けるものが潜んでいるのだ

それがセンテンスであり一言の文章である

大の中には必ず中と小が存在する

たとえば料理が好き

たとえば自転車が好き

たとえばペットが好き

そんな中にも細かく分けると

料理ならばカレーが好き(中)しかもインド風(小)

自転車ならばサイクリングが好き(中)しかも多摩川を走る(小)

ペットならば犬が好き(中)しかも室内犬(小)

こんな風にである

ファッションの場合はこうなる

ファッションならば普段着が好き(中)しかもアメカジ(小)さらにどのブランドが好きかまで行き渡る場合もある

村上春樹の小説の中にはいろいろな分野へのこだわりを見ることができる

たとえば音楽ならばどのクラシックかどのジャズか!

スポーツはジョギング!

料理ならばサンドウィッチの作り方!

そしてファッションについては騎士団長殺しの中にはこう書いてある部分がある

多少アレンジして引用させてもらうと

IT関係の人たちの服装は

その多くは洗いざらしのジーンズとナイキのスニーカー、くたびれたTシャツにバナナ・リパブリックのジャケットという格好で仕事をし、スターバックスでコーヒーを飲む

こんな内容だ

ここで注目したいのはバナナ・リパブリックというブランドの引用だ

まさに春樹(笑)って言いたくなってしまうブランドのチョイスである

あくまでも僕の主観だが、、、、

このようにいろいろな分野のいろいろなことに独特な感性で表現するのが村上春樹の特徴なのだ

僕はそんな彼の言葉の端々をつついてみたくなった

なぜならば着こなしのヒントになるようなセンテンスがたくさん詰まっているからである

あくまでもこれは着こなしの哲学的なものである

僕が歌い文句にしている魂に着せる服装術の話である

それではスタートすることにする

前置きが長くなってしまったがどうしても書かなければならないまえがきだったのでお許しください

何回かに分けて書き進めることになりそうですが、、、、、、、、

基本的には騎士団長殺しの内容に沿った順番でセンテンスをチョイスするつもりです

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自分(ものごと)を立体的に見る

この騎士団長殺しの中には肖像画が度々出てくる

まずはこのセンテンス

主人公が肖像画を描くときのスタンスの話だ(本文P25~26)

私が必要とするのは目の前の本人よりは、その鮮やかな記憶だった(本人の存在はむしろ画作の邪魔になることさえあった)。立体的なたたずまいとしての記憶だ。それをそのまま画面に移行していくだけでよかった。どうやら私にはそのような視覚的記憶能力が生まれつきかなり豊かに具わっていたようだ。そしてその能力【特殊技能と言ってしまってもいいかもしれない】が職業的肖像画家としての私にとってずいぶん有効な武器になった。

この後の文章で村上春樹はこう言っている

肖像画の位置付けはいわゆる芸術絵画とは全く違うものであり

売買の対象になることは稀であると

写真のポートレートとも違い

あくまでもパーソナルなものが大半をしめ

個人レバルの所有物が大半をしめる

確かにゴッホの自画像のように取引されるものは少ないであろう

このセンテンスの意味するところは

肖像画の良し悪しはビジュアル的に本人に似ているかどうかではなく

立体的なたたずまいを如何に表現できているかどうかということである

着こなしに置き替えると見栄えの良し悪しを決定づけるのは

顔のルックスやスタイルの良し悪しではなく

さらに服の良し悪しや着た時のカッコ良さでは無い

大切なのは着こなしが”自分らしくあるか”ということであり

自分自身を如何に立体的に把握していて

着こなしを自分らしい見栄えの良さとして表現できているかということが大切なことなのだ

ということである

これはたやすいことではない

心技体(心と体のなせる業)がしっかり把握できていて

そこにどんなTPO(時と場所と場合)においても

ゆるぎなく表現できるぶれのなさが存在しなくてはならず

魂がそこにプラスされて体心魂が確立された状態であることが必要なのだ

つまり魂に着せる服装術ができているかどうかである

ここで言うぶれのなさを確立するためには

ぶれてぶれてぶれまくっていろいろな経験を積むことが必要になるが

それは別記事に書いてあるのでここでは記載しない

ぶれの大切さ

手描きTシャツ15最終章|ぶれることの大切さとうまい絵について
手描きのTシャツを描くというテーマで14回にわたって投稿してきました今日は最終章です。Tシャツに関してはまだまだこれからいろいろ書いていきま...

それでは体心魂をモノにするために必要なことは何か?

物事(自分自身)の核心をつかむ必要があるということだ

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物事(自分自身)の核心をつかむ

本文P60にこんなセンテンスがある

主人公が肖像画を描くことをやめるシーンだ

「私が思うに、あなたにはポートレイトを描く特別な能力が具わっています。対象の核心にまっすぐに踏み込んで、そこにあるものをつかみ取る直感的な能力です。それはほかの人があまり持ち合わせていないものです。そういう能力を手にしながら使わないままにしておくのは、いかにも惜しい気がします」

主人公は肖像画のエージェントにこのように言われて肖像画を書き続けるように説得されるそんなシーンだ

しかしこの時点での主人公はその気が全くないのだ

ここで言えることは着こなしに置き換えると

着こなしにお洒落に興味があることである

あなたが興味がなければこの記事をここまで読んでいないだろうし

たとえそれが肖像画を描くことであっても

ファッションが好きで上手く着こなしたいということであっても

興味がなくては意味がない

だからまずは好きであることが大前提

次に自分をよく知ることである

たとえばスタイリストという職業は

人や場所をコーディネイトすることが仕事である

対象となる人や場所をものによってアレンジして見栄えを良くすることが仕事である

だからそのためには先ほど書いたようなモノごとや人を立体的に見ることを必要とされる

ある意味スタイリストはとても才能がなくてはならない難しい職業である

そう考えると

自分をおしゃれにすることは

自分自身と向き合って立体的に見ればいいので簡単ではないか

いや、決して簡単なことではないが

しかし好きであり興味があればできないことではない

自分をよく見て(外見だけではなく内面が大切)自分を知ることは

他人を知ったり場面を理解するより簡単なはずである

ここで大切なことは

他人を見るように自分を客観的に見ることである

じぶんを外から見る

そして自分の本当の姿や中身を客観的に掌握することだ

時間がかかるし何度も繰り返し見なおすことができなければ自分自身を

間違った形で見誤る

さてこんな深いことがまだまだいろいろ書いてあるますよ

この本の中には

このテーマの記事はそうとう長くなりそうです

次も是非読んでください

今日はここまで、、、、、、、、

次はいかに表現するか的な内容で書きますね

この小説は面白い

註)このページはあくまでも村上春樹の騎士団長殺しを書かれている文章を通して着こなしに応用するという内容であるということを再度記載しておきます

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