昭和の時代に一世を風靡したマジソンバッグ
最近になって流行りなのか当時と同じデザインで復刻されて
amazonなどで販売されているのだ
今の時代は選択肢が多すぎてすぐに飽きるすぐに変わる
昭和の70年代僕らには選択肢は一つしか無かったそれがマジソンバッグだ
小脇に抱えて学校行くぜ!マジソンバッグ!今は家で文房具とノート入れ!
僕の宝物はマジソンバッグ ロンドンブーツ イチゴ白書だぞ~!
長髪族は駄目と言われ!ヒッピーにあこがれて!
ヒッピーといえばあの俳優の奥田瑛二(2019年現在68歳)当時28歳
「まんぷく」の福子役の安藤サクラの父上である彼が
1978年ごろ代々木公園でホームレス第一号としてヒッピ―生活を始めた
当時はホームレスなどという言葉は無かったのでまさにヒッピーだ
その時枕にして寝ていたのもマジソンバッグであった(笑)
万国博覧会や太陽の塔で育った僕らが
高校生になりマジソンバッグを手に入れた
偽物本物論なんてそんなの関係ない
だって偽物が本物より何倍も生産されて売れたんだゼイ!
カッコイイだろそんな時代だ
本物はACEのロゴが入ってる!こんなふうに
おいらが昔使っていたのは果たしてどっちかわかんない
そんなこと気にしていなかった
今日は最近買ったデッドストックのマジソンバッグの話!スタート、、、、
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あなたはマジソンバッグ、知ってますか、若いあなたは知らないですね、若くないあなたでも40歳代ならば知らないですね、50歳の半ば過ぎなら知ってますよね、知らないとは言わせません。持ってたはずですから、当時の中高生なら必ず持ってたはずです。マディソンバッグじゃないですよ
マジソンバッグです
いわゆるスポーツタイプのボストンバッグです、中高生中心の学生が持ちやすい無難な形のファスナー付きの手さげカバンでまるで制服のようにみな同じように登下校時にひじに掛けて持ち歩いていた何の変哲もない手提げバッグです!
しかもみんな同じように男女関係なく買い物かごをぶら下げるようにひじに掛けて小脇に抱えるようにして持つのが決まり、、、、、、
マジソンスクエアーガーデンバッグ(エース株式会社による表記). エース株式会社が、1968年から1978年にかけて、製造・販売していた絹目ビニール製バッグ。創業者・新川柳作の考案による。
激レア薄型マジソンバッグしかも超モードなオールブラック艶無し当時ものデッドストック
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懐かしさのあまりヤフオクでゲットのマジソンバッグ
3年ほど前に何かとっさにマジソンバッグを思いだしヤフオクで探したらいろいろ出てくるじゃないですか、しかも新品の当時のデッドストックがある、やったと思って思わずゲット、細かい話は抜きにしてとにかく欲しかったもので、、、、、、
↓これがゲットした実物です当時はネイビーカラーが主役でしたがこれはブラックカラーなんかかっこいいですよ。サイズがわかるように文庫本と一緒に撮影
ななんと、当時の定価と値下げ札までご丁寧についています、当時の定価が3000円で値下げ価格が1480円→ヤフオクで購入したのが12000円で
めちゃプレミア価格
でもどうしても欲しかった
こんなふうに使ってます↓本に文具にA4サイズの手製のノート、なんでも入って超便利
僕は、速攻で使ってます新品ですが取っときません
所さんも言ってるようにプレミアでも何でも使わなきゃダメ
だから使いまくってますよ!!
どんな風に使ってるかッていうと
写真のように家の中で作業中も食事中もいつでも自家製のノートにメモできるように
文房具やノートなどを入れて持ち運ぶための袋がわり
これが意外と便利でボストンバッグ型なので
立ったままのバッグの状態で何でもすっぽり入れられる
まあ当然っていえば当然
だから学生カバンとして流行ったわけですからね
とにかく持ちやすく置きやすく出しやすくしまいやすい
僕のお宝の一つとして超愛用品です
動画で見せます!
大切に使いたいので型崩れ防止をしてみました
シルバーのパイピングがすぐに曲がってしまう
そんな昔の経験があったので
パイピングに沿って内側に金属の針金を縫いこみ
型崩れ防止をしてみました
激レア薄型マジソンバッグしかも超モードなオールブラック艶無し当時ものデッドストック
マジソンバッグ名前の由来と人気の秘密
ニューヨークのマンハッタンにあるイベント施設です
日本でいうと武道館のようなもので
スポーツやあらゆるコンサート並びに多方面に渡るイベントも行っています
ロックミュージシャンの聖地でもあり
かの有名なバングラデシュ救済コンサートもここで行われました
1971年6月末バングラデシュ救済コンサート2016年7月1日テロ
マジソンバッグの正式名は”マジソンスクエアガーデンバッグ”というべきなんでしょうが
僕たちが現役で使ってた時代はこのバッグのことを”マジソン”と呼んでましたね
「俺のマジソン」って感じでね
あのビートルズが来日したときの武道館
その武道館の兄貴みたいな存在である
ニューヨークのマジソンスクエアといえば
泣く子も黙るロックの聖地であり
泣く子も黙るスポーツの聖地でもある
日本の若者のあこがれでもあった
もちろんアメリカの室内競技が盛んに行われていて
バスケットボールNBAなどを始め
あらゆるスポーツやいろいろなイベントも行われていた
そんな場所をネーミングにしたバッグを
日本の学生たちが使用するボストン型のバッグとして
販売したのが売れた理由でしょう
しかも
MADISON SQUARE GARDEN
SPORTSMAN CLUB
boxing wrestling football
などと堂々とプリントされている
当時の70年代の日本の中高生にとっては神が舞い降りてきたような
そんなバッグでしたので、、、
だって、運動部、音楽部、美術部などのジャンルを問わず
総なめ状態ですから、、、
しかも一番人気は
ネイビーカラーで
シルバーのパイピングと
白のロゴ
学校に持っていっても誰も文句を言えないカラー
教科書を入れても
スポーツのユニフォームを入れても
楽器や楽譜を入れてもいいし
オールマイティーな使い方ができる
僕なんかはロンドンブーツを履いて
俺のマジソンを小脇に抱えてましたからね
今思うと滑稽すぎて笑っちゃうけど
カラーも
ブラック、ホワイト、エンジとバリエーションがあったと記憶してます
マジソンはまさに温故知新<今でも使える昔のバッグ>
温故知新って言葉があります
古きを知り、新たに生かすみたいなありがたい言葉ですね、以前、恵比寿にあった骨董店で同じ名前の温故知新という名前の店があったんだけど今は中目黒に引っ越してますね、よく通いました、前の仕事場と目と鼻の先だったから毎日のように行ってたのがなつかしいです
まさにマジソンバッグは温故知新そのもの
機能的にも優れていてグッドデザイン賞モノですね
僕は高校時代に買ってだいぶボロボロになるまで使いました
あのころ僕は、ロンドンブーツの長髪姿だったんですが
周りの奴らがみんなコテコテのアイビールックで
僕は少数派のブリティッシュロックのヒッピースタイルだったもんで
全くと言っていいほどマジソンバッグなんか似合わない風体で小脇に抱えて持ち歩いてました
今思うととんでもないかっこでした
小脇に抱えるとは腕を通すんですバッグの持ち手に
買い物おばちゃんみたいに
知ってる人は思わず笑っちゃうくらい懐かしいと思いますが、、、、、、、
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まとめ
こんな自分勝手な好き放題の僕の愛用品の話にまとめもヘッタくりもないのですが
実は僕は所ジョージになり切れなくて、何でも使っちゃえってなり切れないところがあってデッドストックを大切にとってあるものもあるんです
好きなコレクションの話、もっともっとしたいのでまた今度紹介しますが、、、
実はこのマジソンバッグ、デッドストックで未使用品をもう一つゲットしてあるのでした
もちろん未使用で、、、、、、、、、、、、、、、、
そのマジソンバッグがこれです↓