激レア薄型マジソンバッグしかも超モードなオールブラック艶無し当時ものデッドストック

目次
デコドルフィンの作品が買える店
デコドルフィンの作品が買える店
モード系マジソン

通常の当時もののマジソンバッグはマチ幅が約17センチある、この薄型のマジソンはマチ幅約8センチと超スタイリッシュでしかも通常シルバーの光沢のあるメタルなパイピングなのだが、子の下いりっ主菜薄型のマジソンバッグは当時のファッション常識ではありえないオールブラック仕様である、川久保玲率いるコムデギャルソンの名前がまだ世に知られていない時代の奇跡のアイテムだ、しかも未使用のままの新品状態で入手した

スポンサーリンク

マジソン

1970年代のバッグといえばボストンバッグが代表格である

しかも武骨なスタイリングのモノばかり

ヨーロッパの一流ブランドがデザインに優れた手提げバッグを発表すると

皆こぞってそのカッコよさにあこがれた時代である

その中で日本の中高生の間でメガ流行したアイテムがこの

マジソンスクエアガーデンバッグ

通称、マジソンバッグである

マジソンバッグを今でも愛用|便利なノートや文房具入れ

70年代の流行とマジソンバッグ

新規ドキュメント 38_1

当時のファッションカテゴリ―

1970年代はまさにポップのさきがけの時代である

あらゆるモノが世界的に自由という価値観と共に解放された

まさに今までにない時代のスタートだった

そんな中で日本のモードも例外ではなく世界に流れに追い越されまいと

必死についていった時代である

当時の日本の世俗的なトレンドは

欧米の斬新な発想や文化についてゆくことができない小学生並みのものだった

そんな70年代に日本を支配していたトレンドは

ロックな匂いのするECファッション(ヨーロピアンファッション)

アメリカの古いしきたりや不良文化の名残を引きずるACファッション(アメリカントラッド)

まだそのころはJC(ジャパンカジュアル)は歴史に登場していなかった

そんな中でも当時のヨーロッパの風俗を引き継ぐEC派は少数で

大多数がAC派の古めかしいアメリカの若者的な要素を持った

そんなものが主流をしめていた時代である

僕の青春時代もそんな中で育っていったものだ

ちまたの流行ブランドは

AC派のVan(ヴァン)

EC派のJun(ジュン)

僕らはそんな2大ブランドに傾倒した奴らを

ヴァン派とかジュン派とか言いあったものだ

僕はそんな時代背景の中で平然とロンドンブーツを履いて生活していた

どちらかといえばEC派菜のだが

自分では意識の上ではヒッピー派であった

万人が持ったアイテム

新規ドキュメント 38_2

そんなモードの時代の中で唯一といっていい

中高生一貫しての共通のトレンドアイテムが生まれた

それがマジソンバッグである

リーガルのローファーのマジソン

ロンドンブーツやかまぼこスニーカーにマジソン

ボタンダウンのシャツにマジソン

よれよれの着古したTシャツにマジソン

タータンチェックのスラックスにマジソン

ブーツかットのつぎはぎジーンズにマジソン

とにかくなんにでも合わせて持ち歩いた異質のアイテムだった

その持ち方はみんな示し合わせたように

おばさんが買い物かごをぶら下げて歩くような

ひじを曲げた抱え込みの態勢だ

今考えると奇妙な流行だったと思う

しかし時代は万人がマジソンバッグを受け入れた

マジソンバッグを今でも愛用|便利なノートや文房具入れ

スポンサーリンク

流行にバリエーションが出来る前のトレンド

新規ドキュメント 38_3

その後80年代に近づくと様々な流行が日本にも吹き荒れて

いろいろなファッショントレンドを生みだした

川久保玲のコムデギャルソン

山本耀司のワイズ(Y’s)

ビギの菊地武雄

ニコルの松田弘光

などそうそうたるデザイナーズブランドの大塔である

その他数々の有名デザイナーが火の目を持た時代である

パリでは一生三宅、高田賢三など

日本のデザイナーが先駆けとして海外デビューした

そんなバブルの前兆ともいえる時代が訪れる前の時代に

マジソンスクエアガーデンバッグは日本に君臨したのである

のちにアニエスべーをも巻き込んだ川久保玲の代名詞

黒のファッションはまだ生まれてはいなかった

そんな時代の黒一色の黒のマジソンバッグは

まさにデザイナーズブランドの名にふさわしい

モードなアイテムだ

ソフィエスケートされていなかった時代の

ソフィエスケートされた黒鳥のような存在である

マジソンバッグを今でも愛用|便利なノートや文房具入れ

マジソン

スポンサーリンク

LINEで送る
Pocket
Share on LinkedIn