★世の中すべてアーティスト創造されて変化してゆく自然界のリメイクとリボーン人を守る10兆の友達

目次
デコドルフィンの作品が買える店
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自然界のアーティストはすべての物の創造者

序章

僕は唖然とした

いったい自分の家の中にはどれだけの数の共同生活者がいるのだろうか

言いかえると友達である

しかも限りなく身近にいる

家の中どころではないもっと身近な僕の体の中にも住人はいるからだ

落ち着いて聞いてほしいのだが

自分の体の中にいる生き物の数は100兆匹いる

一人の人間の体の細胞の数は35兆個

自分の細胞の数より体の中にいる他人の方がはるかに数が多い

これには色々な説がありどんなに少なく見積もっても

身体に共有している生きものの数は40兆匹

身体の細胞の数は30兆個

少なくないじゃないかッ~~~~!!!

微生物の話だ

体の中にいる微生物の数だ

種類はというと500種類とも1000種類ともいわれている

細菌ともいう

細菌は僕を助けてくれている

下心も無しに無心にだ(もちろん金もとらずに)

だから共同生活者という言い方より友達の方が正しいかもしれない

だって細菌がいなかったら生きていけないんだから

互いに助け合っていることになるのだから

一人で生きてるなんて思うなよってことだ

細菌というとなんか体に良くない生きもののような気がするが

大半の細菌は常在菌と呼ばれ人と共生関係にあり

共に生きているのだ

助け合いだから細菌も僕がいなけりゃ生きていけないのだ

それにしても人間:細菌の数は

1:100兆(100,000,000,000,000)

これは卑怯じゃないかい

多すぎるだろッて!!

しかも僕が生まれる直前までは一匹もいなかったんだ

常在菌はね

何でも母親のおなかの中は無菌状態で生まれてきた胎児も無菌

胎児は産道を通って出生する段階で細菌と出会い

その後空気に触れて細菌とまた出会い

乳を飲んでまた細菌は増えてゆく

こんなことの繰り返しをしながら

人と細菌が常に戦いながら常在菌として定着してゆくということだ

さらにすごいのは

さっき言ったように子宮の中には細菌はいないように

体の部署によっては細菌が入れないという

要するに僕が生きていくために必要な場所にだけ細菌は来てくれているということだ

細菌がいるところ

主に体の外壁とその近辺で

口、花など顔の表面とその近辺

消化器官や膣など外とつながっている部分

とくに腸の中には1㎏もの細菌がいるという

自分の体重の何割かは自分の体重ではない

細菌の体重がプラスされているんだ

人の中にも自分の意識以外の生命体がいる

いるどころではない

自分は自分以外だらけだ

なぜこんな話になってしまったかというと

この記事の前の記事で職人とアーティストが物を作ったり直したり新しいものを生んだりという内容を書いた

修理とリメイク?職人とアーティストの違いと共通点?直すこと生むことの大切さを考える
美学者であり思想家であり宗教哲学者でもあった柳宗悦(やなぎむねよし)は言った 「美術は理想に迫れば迫るほど美しく、工芸は現実に交われば交わる...

その続きなのだが人だけが職人やアーティストなのではない

自然界の方がもっともっと職人でありクリエイティブなアーティストだという話につながるのだ

職人は

アーティストは

人だけではない

というか人間は人意外の

いや人以前の他のモノからミーム(心の意伝子)を受けついでいるのだ

自然界のアーティスト

この記事は人が物を作る前にもともとある材料はどのように作られているのかという話をしたい

話が飛躍するが

最初に作られたモノはというと

宇宙創世ということになる

モノ(物質)とは何?

その対局は

物質(肉体)と精神(心)

物質(+)と反物質(-)

そして物質には2極がある

静物と生物

無機物と有機物

生き物と無生物

生命と非生命

有機物と無機物

そして生きているモノの中にも2種類ある

自分と他人

自分の中の自分と自分の中の他人

Yahoo知恵袋にこんな回答があった

有機物と無機物の違いは何

有機物は、炭素化合物です。もっと分かりやすく言うと、有機物は燃やすと二酸化炭素を発生したり、黒くこげて炭になる物質のことです。
私たち人間も有機物だし草や木もそうです。自然界の殆どのものがそうですね。

無機物は、有機物以外の物質(化合物だけではありません)です。分かりやすく言うと、石、ガラス、鉄、アルミニウム、空気、水などです。

人の中にも自分の意識以外の生命体がいる

ではその無意識で友達になっている生命体は物を考えているのだろうか

ここに素敵な記事があるその中にこのような言葉があった

しかし、洗練された愛や知性は、迷ったり考えたりはしない。
その「存在」自体が、愛となり、知性となる。

http://eikojuku.seesaa.net/article/218720834.html

昆虫に「心」はないのか? 矛盾の上にある人間の感覚。

僕はこの記事を読んで確信する

僕の体の中の微生物には心があるとそして僕はその心を

心ならずも受け入れている

いやいやにではなく無心に受け入れているのだ

心は迷うから心として存在する

迷わず受け入れているということは心が無いのではなく

心で迷うことを超越して魂の生きにまで達しているのだ

だから僕と僕に宿っている微生物は

迷ったり考えたりはしないで互いに受け入れているのである

これは魂が受け入れている付き合いだ

これを真の友達と言わずして何と言う?

こんなことを書いているとなんだか急に僕の体の中の常在菌のことが

いとおしくなってきた

僕の体のためにならない奴らが攻めて来た時に

無心の愛で戦って僕を助けてくれるんだから

こんな友達っているかい

人間の友達なんて常在菌と比べたら、、、、、、、

比べるなッて!!!

なんかワクワクしてきた

しかしこの記事は常在菌愛の話ではないのだ

常在菌愛の話は物語としてゆっくり書こう

改めて、、、、

しかし僕の体を整えてくれるッてことは

如何に快適な暮らしを作ってくれるってこと

これってやはりアートだ

体が便利な暮らしをするためにリメイク(作り変え)があり

そしてそれは物をリボーン(生まれ変わらせる)すること

そしてからだそのものをリメイクしてリボーンさせてくれるものが

常在菌ってことになるんだ

だからこれは立派なアーティストの仕事なのだ

自然界はアーティストだらけだ

自然界の材料

制作中少々お待ちください

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