日本の子供服の変遷は昔はべっぴんさんちょっと前はユニッコさん今はブリッコさん

目次
子供服業界の今と昔

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まさにミッドセンチェリー1950年代にキアリスは生まれた、じゃなくてファミリアは生まれた、そのころの子供服(ベビー服も含む)は戦後10年たったばかりの時代でもあり高度成長の前であり既製服などなかったのではないか、あっても貴重な舶来(輸入)品が欧米から入っていたぐらいで、日本国内生産は存在しない時代だったかもしれない、ファミリアを代表とするベビー子供服は着製品としてスタートを切った時代でしょうか、紳士服(メンズ)や婦人服(レディース)などもボチボチ出始めて子供服も含めて生地売りの全盛の時代でいわゆる布を購入して過程で手縫いをして作る時代でした、僕は1980年代ごろから子供服のメーカーに生地を企画販売する仕事に携わって来たのでそのころのエピソードを交えて進めていこうと思います

おかたいこと抜きにカジュアルにざっくばらんに進行するのでよろしく、、、、

ブランド名とメーカー名がごっちゃ混ぜに出てくるけど気にせずに読んでくださいね

そのほうがわかりやすいと思うので、、、、、

第一次子供服メーカー

関西では

神戸のファミリア、キムラタン

関東では

東京の岡村

こんなところかな、、

第一次子供服メーカー

なんせ昭和30年代から40年代の初めまでは生地売りで既製服はそんなに一般庶民は買わない時代だったからさほど変化はなかったと思う

それに”べっぴんさん”のキアリスみたいに百貨店なんかに出店しても百貨店自体がお高い存在で一般庶民がちょくちょく行く場所ではないしね

だから百貨店に子供服ができても一分の人が買うようなブランドだったと思う

そのころの庶民の主流は生地を買ってきて過程でお母さんが縫うのが一般的な時代だから

しかしその後に大手のアパレルが子供市場に参入してきて一気にベビー子供関連の商品が普及して着た時代が来るのね

これは服に限らず乳母車(ベビーカー)とか積み木などのおもちゃとかも含む全般の話だけど

たとえば大手アパレルではレナウン娘で有名なレナウンとかオンワード樫山、エトワール海渡とか

紳士服や婦人服で稼いでいたアパレルメーカーが子供業界に参入してきたんだよね

このころはアパレルなんて言う言葉は無かった

既製服メーカーだし

社名だってレナウン、オンワード、エトワールなんて良く文字がなくて

そんな名前を付けて恥さらしみたいな時代だった、、、

凄すぎ、、、、、、、、、

しかしその後、漢字の名前がカッコ悪い時代にになって

日本人は面白い、、、

なんとか商店も減って商事になったり株式も増えてきて

商事もカッコ悪くなって株式会社も社名の前に付ける方がカッコ良くなったり

横文字だけの社名が増えてきた

そのころからいわゆる専門店が幅をきかせてきたんだけど

これは一億総中流時代の幕開けかモネ

要は貧富の差があまりなくなり

日本人はみんな中流意識のある良い時代になってきたわけだ

だから、わざわざカッコつけて百貨店さま何かに行かなくても

街の専門に扱う店に行けば何でも手に入る時代が来たのでありまする

子供服の専門店もちょっと商売ができる人ならば簡単に小売店を開業できる時代に突入

子供服のかぎらず日本全体がそんな時代になった

それと同時に資本がある会社は

量販店という庶民の味方のリーズナブルなものを扱う大型店ができてきた

百貨店、量販店、専門店の三つ巴の時代が到来~~

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第二次子供服メーカー

量販店全盛

さっき書いた大手メーカーの子供服ブランドは軒並み数を増やし

メーカーの名前のブランド在り

海外のライセンスのブランド在り

自社ブランドのオリジナル名のブランド在り

第二次子供服メーカー

様々なブランドができて来た

一気にだ、大量に、、、、、、

中でもすごかったのは天下のレナウンで

年商2000億を超えるアパレルメーカーが誕生して

当時のアパレルメーカーの中では世界第2位で

一位はアメリカのリーバイスで燃焼6000億の企業だったんだよね

そのレナウンの子供服では

ライセンスブランドのアーノルドパ―マーが超人気で

アメリカのプロゴルファーでスポーツウェアとしてかの有名な傘のマークの刺繍で

メンズ、レディースと共に子供服を展開してレナウンの看板ブランドとなった

レナウンの凄かったのは

それだけではなくダーバンという紳士服に世界のアイドルでフランスの貴公子

天下のアランドロンさまを起用したり

レナウン娘のスッタカタッ~~~って歌まではやらして

子供服は”シンプルライフ”というオリジナルブランドが売れ

単一ブランドの子供服で100億ブランドにまでなった

もちろんシンプルライフにはメンズとレディースもあり

シンプルライフという言葉自体も当時の段階の世代の間で

あこがれのトレンドにまでなった

そんなレナウン一人勝ちの時代だったんだよね

量販店前全盛の時代が来たわけですね

量販店の子供服メーカーもこのころは多数生まれて売り上げ規模では

百貨店を上回っていた

単価の安い分野で勝負したわけだから凄いことだよ

 

専門店躍進

しかし売り上げ規模はさほどではなくても

三つ巴の中のスーパースターが専門店ブランド

そのころ日本の80年代の流行はデザイナーブランド

コムデギャルソンやワイズ、ビギにニコルなどのDCブランド全盛の時代

専門店ブランドなのにビギなんかは400億起業にまでなった

これはすごいことだったよね

天下のレナウンについで大手アパレルのオンワード樫山が600億円ほどの売り上げを維持していた時代にデザイナーズメーカーがここまで伸びるとは、、、、、

そんな中で専門店の子供服ブランドがいろいろ生まれた

今では名前も出てこないような今はないメーカーやブランドが多数あるのだが

東京では古い順に言うと

ラブリー(新生児中心)、チャイルドなどなどまだまだ沢山

横浜では

白樺

これ以外にもたくさんあるが

この後に前世の時代が来る

東京では

キャングループ、サザン青山、ニットプランナー(KP)、ティンカーベル、ハッカキッズ、ミニバツ、etc。

この辺はだいたい30億円前後まで伸ばしたブランドで高収益を作ったと思いますよ

もっとメジャーな面白いブランドがたくさんあったと思う

ハッカとかバツみたいにメンズやレディースのDC系の子供服ももっとあったですよ

この後には、かのヒステリックグラマーのヒスミニとかね

第二次子供服メーカー2

百貨店低迷

関西ではいい気なブランドがたくさんできた

ミキハウスなんかは百貨店と専門店を網羅してたし

ベベ(BeBe)とかフーセンウサギ(ベビー出身)とか

そばかすメリーなんかはワールドが作った子供服で

当時この関西系のブランドが

新御三家なんて呼ばれていた時代だったから凄いんですね

元の御三家はどこだかわかりませんが、、、、、

ワールドは本社は神戸なんだけど

商品企画は東京にもあり子供服は東京企画だったけど

とにかくこの辺の関西系のブランドはとてつもなく大きなブランドになったのですね

東京の子供服メーカーは小規模で高感度でした

フーセンウサギなんかはこの後一世風靡して

ジュンココシノの子供服のライセンスを成功させ100億を超えるブランドにまでしましたし

パーソンズのキッズなどとにかく

ライセンスブランドで固めて大成功をした時代もあったのですね

さてさてこの辺の子供業界は話すときりがないので

この辺で次に行きましょうかね

あっ!、、もう一つ

このころから子供服業界に参入してきた異業種の会社もたくさんあったので

おもちゃ業界とか百貨店や量販店のオリジナルブランド(PB)なんかも忘れずにですね

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第三次子供服

実はこのころには時は1990年から21世紀に向けて世の中もだいぶ変わってきましたので

いろいろありますが

代表的なのがナルミヤインターナショナルでして

実は第二次にもすでに活躍していたメーカーなのですが

あまりにも第三次の基盤を作ったメインメーカーでして

いわゆるコラボの走りというか

芸能界御用達というか

アイドル系というか

何でもいいけど

すごかったですよね

第三次子供服メーカー2

エンジェルブルーとか

メゾピアノとか

いろいろありました

モー娘。でしたっけ

それとかいけないことをやっていない時代のベッキーとか

みんなナルミヤのブランドを愛していましたね

このころ一番大きな出来事は

百貨店ブランドも専門店ブランドもくそもない

量販店ブランドもくそもない

くそみそ時代到来!!!

そんな状態を僕はこう呼びます

無機質時代&売り場バリアフリー時代

国内無機質ブランドVS海外グローバルブランド

ここまで来れば誰でもわかる限りなく今に近い時代ですよね

ご存知ユニクロ旋風到来に時代が来ました

実際にユニクロが子供服に参入したのは

いつかはわからないけど(調べればわかるが別にいい!)

要は2000年に入ってからは完璧に時代が変わってしまいました

いろいろな意味でね

仕事の細分化がなくなり

業界の仕組み自体が壊れてきましたので、、、、

そんな話は憎しみを込めて場を変えて

じっくりしますので、、、、

今日のところは我慢しましょうね!

画像のように子供服業界はほとんど壊滅状態になりました

第四次子供服メーカー2

この現象はメンズ、レディースも同じでしょうね

時代が変わりました

海外のブランドも躍進していますよね

世界一の規模のスペインのZARA

H$Mはスェーデン

以前はイタリアのベネトンなんかもよかったんだけど

最近はあまり出てこない、、、、、

ラルフやカルバン何かとかアメリカのメーカーは

やはり服作りには向いていないのでしょうか

ヨーロッパ系が強いですね

いずれにしても無機質な味わいがないものばかり

まあ感なものが売れる時代だってことでしょう

いろいろ話してきましたが

だいたいこんな流れで日本の子供服業界は流れてきました

まだまだほかにも子供服のメーカーやブランドはたくさんあります

まとめるためにあまりブランド名を使いませんでした

あくまでも流れを中心に話したかったので

許してくださいな、、、、、、

ここで最後に少しまとめて終わりにしますね

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まとめ

べっぴんさんでも出てくるように子供服は素材が命です

それは生まれたての赤ちゃんから徐々に成長してゆく中で

常に肌に触るとても大切なモノだからです

日本はそんなモノに対する品質基準がとても厳しいですね

そんな子供服に限らず子供用の商品全般には

大人の商品にない特別な品質基準があります

日本だけの基準ですがホルマリンの検査基準です

サイズによっていろいろな差はありますが

何万人に一人かなんかのホルマリンに対する

アレルギー反応の為の気準で

非常に厳しいものです

海外にはそんな気準(法律)はないのです

日本国内だけのものですが

輸入品にももちろんこの検査を実施します

海外製品が当たり前のこの時代

このような基準はいらないのではという意見もありますが

日本人として徹底した基準があることは

ある意味誇りを感じることもあります

しかしこの目まぐるしい時代に生き残るのは正しいものばかりではないんだな~~

キアリスに時代から築き上げた日本の伝統でしょう

そんな宝物でもすぐに消えるのが世の常

しかもこれからの子供たちは自分で何でも選ぶ時代になるでしょうね

だからこそ

この曖昧な時代に日本の良さ大切にして生きたいものですね

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