ユニクロ柳井氏を見習う着こなし術はアウトサイダーで自分と世界を外から見ることでおしゃれ感の次元を変える

目次
デコドルフィンの作品が買える店
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ユニクロ柳井氏アウトサイダーで次元を変える

ユニクロの柳井正氏は自らの企業をアウトサイダーだという

外から物事を見て自分たちで産業を作らないといけないという

インサイダーでいるということはしがらみの中で生きてゆくことになるから

新しいものはそこからは生まれてこないという意味である

アパレルなどの売る側の考えだけではなく

それを購入する側の消費者もアウトサイダーであるべきでは、、、

マスコミや世の中に翻弄されている日本人はどう生きるべきか

それは服をどう着こなすかと同じことである

センス良く生きるということは

今の時代に何を見て何を考え何を買いどう生きるか

生きるセンスは着こなしセンスを見ればわかる

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デジタル化とグローバル化の時代の流れに中で

amazonのCEO、ジェフ・ベゾス氏が個人所得歴代最高額の11兆8000億円という報道がされました

ユニクロの柳井社長は誰でも発信できて誰でも受信できて誰でも世界とつながることができる

そんなデジタル化を今やスマホがあればすべてできてしまう時代だといいます

amazonはそんな時代の先駆者的な企業活動をしている見本のような企業ではないでしょうか

その現象はあらゆるもののグローバル化につながっているということです

たとえばユニクロの場合

ZARAやH&Mやギャップとの競争であったものが

今では

アマゾン、グーグル、アップル、アリババなどに競争相手が変わってきているということを意味します

それではそんなグローバル化の流れに対応するためには何が求められるか

今までのように同業他社をライバルとする思考では置いてきぼりになってしまう

インサイドを見つめていてはダメであるということになるでしょう

自社を世間にほっぽり投げて

あえてアウトサイドから俯瞰(ふかん)する目を持たなければならないということです

すべてのビジネスが横につながり

売るモノとモノを届ける流通が一つのラインではなく蜘蛛の巣のような網の目にある

そんな状態の中で生活者(消費者)が何を選びどんな反応をするか

それを知り対応するためには

より多くを見渡すための抽象的な(俯瞰的な)目とより細部まで見通す具体的(的確)な対策が必要とされるのでは無いでしょうか

具体的に言えばユニクロが行った行動は

  • いち早い生産基地としての中国進出
  • 9対1の失敗と成功にめげない企業努力の継続
  • 日本市場の落ち込みと的確な海外進出
  • ハイテクとローテクの使い分けと切り替え
  • 社員教育(社員全員がCEOのつもり的思考)

などなど賛否両論もありますし

まだまだほかにも色々有るでしょうが

こんな感じの努力は最低限必要ということでしょう

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個人は何を着れば(どう生きれば)生き残れる

たとえばここにあなたがいます

誰かほかの一個人を想定してもかまいません

企業人としてのあなたは

グローバル化のこと

デジタル社会のこと

これらをとても良く理解しているでしょう

一人のあなた(人間)は同時に一個人でもあります

個人ベースで自分を見つめ直した時に

世界の移り変わりに対して

果たしてどのような生活の変化を余儀なくされ

それに対してどのように対応しているか

あなたは考えたことがあるでしょうか

もちろん普通に生活をしているのであれば

それなりに考えいろいろな手段で情報をとり

自分の人生に活かして生活をしていることでしょう

しかしそれらの自分の行いはインサイダーではありませんか

自分の普段の生活の中に閉じこもり自分の居心地の良い環境を作ることに専念して

アウトサイドから俯瞰的(抽象的)に自分を見るようなことを行ったことがありますか

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個人が生き残る道は自分を知ること

先日の読売新聞にこんな記事がありました

「世の中は変わる 挑戦は続く」

ファーストリテイリング会長兼社長柳井正氏 68

ユニクロの海外事業を急成長させているファーストリテイリング。変化が激しい市場にどう挑むのか。

たとえばユニクロの柳井社長はこの記事の中で

こんなことを言っています

「これ、1947年のニューヨーク五番街。みんなスーツと帽子でしょ。今はカジュアルの時代に変わったんです」

20180113アウトサイダーとユニクロ柳井氏読売新聞より掲載引用

という言葉を発しているのはニューヨーク五番街の社長室にてユニクロのセーターを着て壁に飾って有る額の写真は当時の五番街の写真なのです

ユニクロの今年2018年の8月期の売り上げよ総額は2兆500億円と初の2兆円突破を見込む

とある

ユニクロはZARA、H&Mに続く世界第3位の売り上げです

ちなみに柳井氏の個人資産は世界60位で1兆8000億円です

柳井氏が一個人としてニューヨーク五番街の社長室でユニクロのセーターを着て背景の写真を指し

「今はカジュアルの時代」と言いました

僕がこの記事の本編ではなく個人の紹介欄に注目したのは

柳井氏が公私ともに自己アピールしているからなのです

企業人として

もちろん世界征服?の野望を込めての自己アピールは完璧であり

amazonに視線を定め自らののターゲットに見据えて日々思考していることでしょう

しかしこの自己紹介欄には個人のアピールと企業オーナーとしての人格アピールとバランスよく表現されていました

簡単に解説しますね

ユニクロの柳井氏は

今現在の人生の目標はamazonのCEOであるジェフ・ベゾス氏である

公私共に、、、、、、

個人資産1,8兆円世界60位、対するジェフ・ベゾフ氏は11,8兆円世界1位

企業規模2兆円(アパレル部門で世界3位)、対するamazonは15兆円(10年以内に113兆円を超えるというアナリスト試算もある)

企業的に世界征服を狙うことをまず意識したうえで

同時に個人資産も意識していることでしょう

今の時代をユニクロの時代だと言いたげに

ニューヨーク五番街の1941年の写真を使い

「今はカジュアルの時代」といいました

世界ナンバーワンの街であるニューヨーク五番街の自社の社長室にて

自分の着用しているユニクロのセーターをアピールして

今の自分と当時の写真を同じフレームの中に入れてアピールしているのです

これは完璧なまでの公私のアピールの成立です

ちなみにですが僕はユニクロのファンでもないし嫌いでもありません

もちろん柳井氏に対する特別な感情もありません

ほかの記事にユニクロに対する批判的な記事も書いています

ホメ言葉も書いています(笑)

しかし今に生きる人としての行動は柳井氏に見習うべきことが多々あるのではないでしょうか

思考と行動は一個人の人格に現れてきます

失敗を恐れない前へ進む力はモノごとを幅広く俯瞰的に見ることができてこそ持続できます

身近な安全地帯は時間と共に危険地帯と変化します

その時(変化する時)のためにいち早く行動をとることができるかどうかで

次の安全地帯にコマを進めることができるかどうかが決まります

しかしなれない場所へ進行してゆくことにはリスクが伴います

人は仕事になるとリスクを伴っていてもさほど痛みを感じません

人は自分の個人的なことには安全地帯から逃れることができません

今の自分の置かれている場所や立場は安全地帯にいる限り見えません

どんなに世間や他人の情報を把握していても自分のことはわかりません

というよりも

世間の情報や他人の言う言葉は自分とは関係ありません

自分のことを理解できるのは自分以外にはないのです

自分自身が自分自身の安全地帯を継続して守り続ける為には

自分のことを理解したり把握することが条件です

そのためには自らがアウトサイダーになって

自分を自分の外側から見ることが必要なのです

そして

自分だけにしか持ち合わせていない才能や特技を探しあてるのです

自分みずからの手で、、頭で、、思考で、、行動で、、

それが人としてのセンスになり素敵な性格を構築して

さらには素敵な着こなしができるセンスにつながります

それは人より優れているかどうかということではありません

自分自身の

自分にしか無い

自分の個性を生かした生き方を探せるかということです

そんなセンスを柳井氏も持ち合わせているのでしょう

世間や物事のあり方を

時には抽象的に広く見る目を持ち

時には具体的に細部まで見極める

自分のことも

それと同じ目で見ることができて初めて

自分の最高の

他にはない唯一無二のセンスと出逢うのです

センスはこうして磨きながら出逢うものです

世間だけを観ていたら世間のことだけしかわからない自分知らずで終わります

同じ目で自分の内側を見据えるためには

自分自身をアウトサイダーとして俯瞰的に見据えることが大切なのです

それが人としてのセンスであり着こなしセンスであり素敵な人格となるのです

世の中自体は常に変わり続けています

企業はインサイダーでは世の中に置いて行かれます

アウトサイダーになって初めて本当の会社の立場を俯瞰できます

それと同じく自分自身も手遅れになる前にアウトサイダーになり

自分自身を俯瞰できる考え方の変化を必要としています

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エピローグ

ユニクロの柳井氏は言う

ニューヨークの昔の写真を見て

人々は背広にハットをかぶり歩いている姿を見て

今はカジュアルの時代であると、、、、、

そして

グローバル化が進むと悪い時代になったという論調ばかりだが、世界の人々が貧困から脱出できる。世界的に見たら本当はいい時代なんですよ。

しかし果たしてそうなのでしょうか

僕はそうは思いません

貧困から脱出できずに置きざりにされた人間を排除する

排除では飽き足らず除去する

そんな社会が芯のグローバルなんですか

それは違うでしょ、、、、、、、、

今のグローバルが本物であるならばろくでもないことです

グローバル(全世界的)がローカル(地域)を置きざりにして

一部の階級(?)のパーソナル(個人主義)が好き勝手に立ち周り世界の貧富の差を操作する

そんな理不尽な格差社会を我が者顔で誘導している

グローバルなコミュニケーションもとらずにのさばり続ける

経済がグローバル化されたと見せかけて好き勝手に同じ人間が政治を操り

思いっきり勝手な族(やから)のインサイドですべてを進めて世界を牛耳る

そんな世界を作っている人間

頭だけアウトサイダーのふりをして

世の中を俯瞰的に見ているふりをして

体は、インサイダー(安全地帯)のままで出鱈目な資本主義にどっぷり漬かっている

そんな族(やから)が世の中を支配したつもりになっているだけではないでしょうか

歪んだ資本主義を操る彼らは

自分たちの利益を守るために大多数の世界の人々を排除する行為が

どれだけ人として卑劣なことであるか、、、、

そんな子供でもわかるようなことをわかっていながら

自分の安全地帯を選んで生きているのです

宇宙からこの地球を俯瞰的に見降ろした時に

そんな人々のあまりにも幼稚な魂が

地球そのものの”幼年期状態”が

はっきり見て取れるでしょう

きっと、100年後、いや1000年後の

もっともっと文明が発達した時代が来ても

人は、人の衣食住は

生きるための基本は

今とさほど変わらないのではないでしょうか

きっと同じことを切り返す

今まで大切にしてきた人の生きる基本的な生活は続き

クダラナイ欲の皮が突っ張った

資本主義の金の亡者たちだけが

この世から消えている世界

そんな世界が確実にやってくると僕は確信しています

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