デニムを現在のようにブランドの名前もデザインも知らないころの記憶

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デニムを現在のようにブランドの名前もデザインも知らないころの記憶

僕には誰にも話すことができない秘密があった。子供のころ僕はデニム中毒だった、来る日も来る日もデニムが僕を悩ませていた。デニムが発散する何かが僕の目と考える思考を支配して一時もはなさなかった

まるで僕の心と体全身がデニムというアリ地獄の砂丘に呑みこまれるような感覚だったのである、それはとても心地の良い感覚で決して嫌ではない、とても癒やされた快感であり自分から離れることは決してできないことだった、まるで麻薬のようだと幼い自分が感じていたことを記憶している、麻薬のまの字も知らない子どもが、、、、、、、、

だが一方、それゆえにとても不安でいつも考えていたことは”このままではいけない”という思いでありもっとほかのモノに興味を、自分がもっと違うモノに魅かれることを僕自ら望んでいた

それは小学校の5、6年のころの話なので、僕の頭の中はいとつもいつもデニムでいっぱいで勉強も手がつかずにいたからである

それまでの自分は、野球やそのほかのスポーツが好きでけっこう活発に運動をしていた

いや、デニムに魅了されたからといってそのほかの好きなスポーツなどが決しておろそかになったわけではないのである、スポーツをやることに全く問題があったわけではなく、むしろ自分にとってスポーツは得意なことだったので親を含む周りの人間からも誉められていたことだったので、僕自身とても安心していた

でもデニムは、僕をはなさなかった、まるで子供だった僕をなめるように追いかけてくる、これはいけないことだという、何か人に言ってはいけないことのような、子どもながらの秘密の思いがあったのだ

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子供のころの甘い誘惑は初めてのイケない危険な秘密の匂い

まるで、誰も知らない僕だけのイケない秘め事のようなモノ、デニムは僕にとってそんな感覚で、とてもエッチなことの様な誰にも言えない秘密だった

好きな女の子が自分のに近づいてくる、僕はとてもワクワクしてうれしいのだが、とてもうれしいくせに、絶対に自分からははなれることができないくせに、とても心がざわめくとき、なんとも言えないアドレナリンが心を満たす時、そんな時に反対にいけないことだよと自分の内側が訴えてくる、なぜ逃げないんだその子のそばにいるとお前はいけない子になる、早く自分から離れていかないと取り返しのつかないことになる、急げ、早く女の子から離れるのだ今ならまだ間に合う、でもその女の子はとても良い匂いがしている、僕のほうから離れることなんかできるわけがないじゃないか、そんな考えが頭を支配している間に見る見るうちにその女の子は僕に近づき、空気を通じて女の子の体から発散する感触が伝わってくる、その子がその女の子が。近くに近づいて来ただけでぼくはもう金縛りにあったように身動き一つ出来ない、そして風がそっと吹いて来た時、甘い誘惑の香りが、そしてそれは甘いだけではなく、危険な匂いだ甘く危険な包まれてはいけないモノが目の前にある、そんなこととは反対に僕の心のワクワクするこの気持ちは絶頂に達しつつあるもう逃げられないもう離れられない、自ら何もすることもできない

完全に僕は誘導されている、自分の意志があるにもかかわらず完全に誘導されている、誘導っていったいなんだ、自分の意志じゃないのか、自分がそうなることを望んでいるからそこに行くのではないのか、いや僕は動いてはいないんだ、わかってくれ自分から動いているんじゃないんだ、自分では全く動くことすらできないんだ、だから僕の意志ではないのだろう、でも気持ちいい、とても気持ちいい、気持ちいいから動けないんだ僕が自分の意志でここにいるのではなく、ぼくは動けないんだ誘導されて動けないでいるんだ

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心のエッチと下心のあるデニムに支配された子どものころの僕

エッチは体が大きくなってから、、大人になってからエッチはするモノ、だから子供はエッチではないのか、、、、、、、、、、、

そんなことはないだろう、子どもでも大人でも男でも女でもみんなみんなエッチだ、エッチというとエッチなことを想像するかもしれないが、その想像どおりのことだ、スケベのことだ、ただスケベとエッチは少しニュアンスが違うんだけど、今日はスケベについて、エッチについての話ではないので、、、またその話はいずれ機会を持とう、、、、、

僕は完全にデニムの持つ”エッチの力”にやられてしまっていた、子供のころの僕はエッチの力に対する抵抗力が全くなくて、秘密の花園に迷い込んでしまっていたのである

強烈な下心のあるデニムという生地である服の素材

あなたが今読んでいる話は、テキスタイル雑学だ、だからデニムの魅力、デニムの魔力の話をしている、ただデニムという服の素材は、相当にエッチなのだ、だから僕は子どものころに秘密を持たなければならず、デニムに支配されていて、デニムに誘拐されて、デニムに犯されたのだ、いや正確に言うと

デニムと関係を持っていた

ということだ、当時小学校の5,6年のころの話をさっき書いたが、そのころの僕には好きな女の子がいた、まあ普通いると思うが、そんな中で僕はデニムと関係を持ち続けていたのである、離れられない間柄になってしまって、勉強も手につかない状態でいたのである

これは、冗談で書いているわけではなく大真面目な話だ

心をデニムに奪われた僕は、毎日毎日デニムをはく、当時はジーパンといった、ジーンズでもなくジーパンだGパンでもいい

そしてそのジーパンに心までも奪われてしまっていた、だから僕はデニムと関係を持っていたわけだ、最初は僕のほうがジーパンに犯されたのだ、だからこの言い方は間違ってはいない

何も性交渉は、人と人だけがするものではないだろう、こんなケースもあるのだ

熟女のようにイヤラシイその強烈さは日を増すごとに過激になる

もしあなたが浮気性の男、もしくは浮気性の女、もしくは浮気性の同性愛者であったなら、デニムとは付き合わないほうがいい、まあ付き合ったとしても友達程度の付き合い方がいいかもしれない

デニムは熟女の様にイヤラシイ、どうしてこんな言い方をするかというと、別に熟女がヤラシイといっているわけではない

熟女の様にイヤラシイ

という言葉には物語があり、説得力があり、とてもわかりやすいからだ

ただそれだけの理由だ

それは付き合えば付き合うほど強烈な個性で僕に迫ってくるからだ、僕は子どものころから結局分かれることができない体にされてしまったのである、デニムにだ!!

その間(子どものころから今まで)、僕は何人もの女性と付き合って別れた、まあこの年にして当たり前の話だが、おまけに2回も離婚をしている

そんな僕が、デニムとは別れていないのである、浮気もそれほどはしていないつもりである

だから熟女なのだ

イヤラシイ熟女なのだ

強烈にイヤラシイ熟女なのだ

したたかで強烈にイヤラシイ熟女なのだ

デニムがだ!!

はくほどに体にしがみつく

はくほどに体の部位に色を合わせてくる

はくほどにしたたかに傷口をさらけ出す(いとおしい傷口を)

そして時がたつほどにより互いの関係が深くなり

気がつけばまるで空気のような、無くては生きていけない存在になっている

これを魔女のような、したたかで強烈にイヤラシイ熟女と呼んで間違いないだろう

それほど魅力的な交際相手は、そん所そこらで見つけることはできない、あなたもそう思わないか

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僕の一生のパートナーである一本のデニムのパンツとその付き合い方

たまに別居することもあるのだ、やはり一人の男である、この僕もたまには浮気をする、いや仮に浮気なんかしなくてもたまには一人になりたいとか、離れ離れでいたほうが再会したときに新鮮になれるとか、そんなことが誰にでもあるはずだ

だから僕のジーパンとも、たまに別居することがある

それぞれの年代と共に歩んできた一本一本のデニムは僕の年代記

子供のころにはいていたデニムは、今でもとってあるが、さすがにサイズが合わずにマイ博物館入りだ

だがたまに出してみるたびに当時のことを思いだす

高校時代は、ヒッピーの流行った’70だったので、僕はロンドンブーツを履き原宿の古着屋でボロボロのデニムパンツを何枚か購入してタイトなツギハギジーンズをミシンで縫って作ったものだ、はいては縫いはいては縫いのくり返しで体の線にぴったりサイズで縫いあげていくので、人に頼むようなことはできなかった、このころは14センチのヒールのロンドンブーツに合わせてデニムを何本も縫ったものだ、当時はタイトのスリムシルエットでヒールの底までパンツの裾を伸ばして前側をハサミでカットして、ロンドンブーツカットと呼んでいたこのころはジーンズと呼び方も変わっていたかも、パッチワークジーンズだ

時を同時にして、ほぼ同時期からもう一つのジーンズのある流行が始まりだした、トレンドになったデニムは、いわゆるヴィンテージデニムの再流行時代である、1980年代には’50年代のヴィンテージデニムが1000万円もするLivesのダブルエックスが出回ったこともある、世間のバブル時代で急激に値段がつり上がり世間を沸かせた時代だ

僕も新品のまま残っているXXや古着のモノを今でも宝物として大切に持っている

このころ流行ったヴィンテージものは1950~60年代のもの、とくにLivesとLeeやWranglerのものが中心で僕の子供のころの思い出のころに生産されたものがたくさんあり、日本のメーカーで日本で生産されたCanton、Edwinなどが出回りだしていて、質の良い時代の物だった

だから僕の小学校時代のデニムはとても良い生地だ

このへんの話は奥が深いので別の記事でじっくり書くことにする、だから今は話さないが、、、、、、

今、レプリカのこだわりデニムをいろいろなメーカーが作っている、日本製で出回っている物がほとんどだが当時のものとは比べられないほどの差がありやはり時代を感じる

もちろん本物のヴィンテージが最高に良いということだが、、、、

やはり、技術の進歩だけではない本物が作られた時代が大切だということの証明だろう

その時代時代のリアルなものには絶対にかなわないのだ

ここまで僕の好き勝手にデニムの事を言いたい放題書いてきたが、デニムの話は僕の人生みたいなものなので、こんな感じでたまに書くことにする

今日はこの辺で、まとめに入りたいと思うので、、、、、、、、、、

もしここまで読んでくれた人がいたならば、あなたはとても我慢強い人ですね、僕のくだらないエッチな話にまで付き合ってくれて、、、、、、

ありがとうございました

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ストックフォト

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デニムというテキスタイルの魅力とそのまとめ

ちまたで、日本産のこだわりデニムがもてはやされている時代の今だからこそ、このブログを書こうと思った、こだわりのうんちくを述べるのもいいが、デニムの魅力はそんなものではない、僕も以前は自分で軽石でであたりを付けたり、今業者が行っているような加工は、学生時代の当の昔に試みたことばかりである、そんな加工をした商品を購入してもちっとも良きパートナーであるデニム君にはなってもらえない、あなたもそれはおわかりだろうが、、、、

今のこんな時代だからこそ、物の持つ本当の良さを理解して一緒に人生を歩んでいく

そんな気持ちで”モノ”と付き合っていきたいものである、今日の話はたまたまデニムだが、もちろんほかの物たちもそれぞれの味を持ち備えている

まとめというほどのものではないが

最初の章では、僕の小学校時代の思い出の妄想と現実の話、デニムはきっとフィアンセのように僕に寄り添ってくれていたのだ、僕が一生デニムを愛することをまるで知っていたかのように、、、

だから今でも当時のことを思い起こすと、なんか甘酸っぱい初恋の思い出のように感じる

やがてそのまま僕が成長していってもデニムは僕と共に人生を歩いてくれたのだ

次の章では、デニムは本当に熟女のように僕から離れなかった話だが、デニムはそれほどに、人生を過ごす中で痛みを伴うようなことにも耐えて老いながら益々寄り添うものであるというデニムの姿を描いてみた

そしていよいよお別れの時が来ても人生を共にしたデニム君は形を変え死ぬまで一緒にいることだろう

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Hideki Sugihara

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