後美術論は意味のない言葉だアートの価値観は常に変わらない

目次
Topic is street art value changes Why

 アートの価値観が変わってきたといっている評論家がいるらしい、いかにモノを正しく見ることができないかを自分で振りまいているようなものだ、アートは価値が下がったり上がったりするモノではない、愚かな話だ、アートは昔から、金儲けのことしか頭にない人間が勝手に価値を操作しているだけの話であり、世の中の景気に左右されているだけの話だ、さらに言うとアートというものは新品の商品ではなく、古く使い込んだモノにこそ価値がある

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アートの変遷は今も昔も変わらない

何か新しいアートの形態が出現すると

常に後美術論的な発想になるものだ

たとえばルネサンス末期からバロック初期

バロックは歪んだ真珠なんていわれて

全く違う新しい価値観のような

得体の知れないものの様な風に言われたらしいが

今となっては ルネサンスもバロックも共に立派な古典アート

時代と共にそんなことは常に起こっているのだ

ラテアートやチョークアートなどは

今でこそ知られているが

10~20年ほど前には存在しないし

これがアートかなんていう人もいたかもしれない

瞬間に消えてしまうはかないアート

僕はアートは末永く残って欲しい派なので

これらの瞬間的なアートは好きではないが

テクニックなんかはすごいし

尊敬してしまう

こんな具合でアートの形態なんてものは

今更、後美術論なんて言葉を使わなくても常に変化をしているのだから

しかしアートの価値観は絶対に変わらない

アートの形態は変わっても価値観は変わらない

アートは、着る物、使う物|飾っておくものではない

 

僕は、decodolphin(デコドルフィン)というブランドで

【着るためのアート】をテーマに物作りをしてるので

当たり前のことと思っていますが、このようなことが話題になっていると知り

これは、書いたほうがいいと思い

僕なりの見解を述べようと思います

僕の独り言と思って、読んでもらえればいいかな、、、、

てな感じで、、、

身に着けてすり減らす

 

 

アートは、身に着けて、すり減らすものという感覚ですね

 

買いたての新品はただのマテリアル(素材)であって

使い込んでこそ初めてアートになる

骨董のお茶碗なんかもそうですよね

 

新品は安い値段で数があって

100年前の物なんかが 今でも残っていると価値がでる

 

それも大切に大切に使いまくって

奇跡のように割れずに残ったもの

そんなものこそ

涙が出るほどいとおしい

そう言いたい

 

ここでは一般的な芸術論的なものは一切話すつもりはありませんので、、、

僕も持ってますよ

子供の時から使ってる

お茶碗的なものを

 

人には何の価値もなくても

自分にとってとても大切なもの

それがアートではないでしょうかね

 

だから、新品の商品ではなく、使い込んだモノに価値がある

 

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僕は思います。モノの価値はお金で決める物ではないと

そんなものは薄っぺらくて、相手に出来ない

大切なのは

価値は世間が決める物ではなく自分が決める物

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【後美術論】というけれど、常に価値観は変化してきた

 

僕が、この記事を書こうと思ったきっかけは

読売新聞に美術評論家の椹木野衣さんが書いた

【後美術論】という新書の紹介が 掲載されていたのがきっかけなのだが

聞きなれない【後美術論】という言葉だけが新しくて

ここに書かれている(新聞の記事のことで実際に本は読んでない)

内容は

「ジャンルの崩壊」とか

ジョンとヨーコが音楽と美術の融合だとか

いろいろ書いてあるらしいけれど

 

こんなことはちっともこれっぽっちも全然新しくもなんでもない

なんかアートの価値観が根底から崩されつつあるみたいなうたい文句がかかれてるけど

こんなふうに

後美術論

前表紙
美術出版社, 2015/03/25616 ページ
                          Googleブックスより
「後美術」とは美術や音楽といった既成のジャンルの破壊を行うことで、ジャンルが産み落とされる前の起源の混沌から、新しい芸術の批評を探り当てる試み。例えば、ジョン・レノンとオノヨーコの活動を同じ「後美術」と呼ぶこと。ポピュラー音楽と前衛美術の枠組みが外されて、二人のアーティストとなったジョンとヨーコによる「音楽と美術の結婚」―。このジャンルを溶解させる婚姻から授かる創造の地平が「後美術」である。
                         Googleブックスより

ケチをつけるのではなく

なんで今更こんなことを話題にするのか理解できない

バロック芸術とルネッサンス芸術の違いとかを述べているのとまったく同じことだよこれは

と思ったのだけど

アートとか音楽とか絵画とかが

前衛

古典

なんていうジャンル分けして融合しているなんていう表現自体が

意味のないことだ

ここで言う「後美術論」的なことは

その時代その時代に

常に起こっていることであり

何も今始まったことではない

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アイドルのパフォーマンスは芸術か?ってなヤボい事は言わないでね!

 

歌舞伎だって

歌劇だって

チンドン屋さんだって

相撲だって

みんな昔からアートでしょ

というより大衆から発生していて

時がたってアートとか言われたり

消えていったり

残ったり

みんなで勝手に価値判断しているだけなんだ

 

この世にアートでないものはひとつもない

 

自然も

人工も

モノも

パフォーマンス(動き)も

みんなアートだ

 

心もアート

体もアート

魂もアート

何でもアート

 

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だから、人はみんな自分にとって価値のあるものをアートにすればいい

みんなそれぞれ大切なものは違うし

ものだけではなく思想とか

はたまたそんなエラそうなものではなくても

考え方とか

 

そういう形のないアートだってあるわけだよね

 

自分の身の回りにある

モノ

それらすべてを自分の価値観で決めることこそ真のアートであり

大切なことは

個人の価値観であり

世間の価値観なんかはどうでもいいこと

 

唯一無二の自分だけの大切なものこそ

真のアートであり

価値のあるものなのだ

そこに値段だとか

金銭的な価値観が

入り込む余地なんか全くない

 

だから、真のアートとは、諸行無常、一期一会、誰でもピカソ、なのだ!

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